うえののそこから「はじまり、はじまり」荒木珠奈展

東京都美術館で開催中のうえののそこから「はじまり、はじまり」荒木珠奈展へ。
都民の日で無料でした。

メキシコ留学で作者が魅了されたという「明るさと暗さ」「生と死」が共存する文化が、作品の世界観に色濃く現れていて、「死者の日」を彷彿させるランタンなどノスタルジックでファンタジックな作品がどれも素敵でした。

都美の地下空間全体を使って、日常と非日常の境界を行き来する「不思議な旅」に見立てて構成された物語性あふれるキュレーションが実に巧妙。

capture1 の《詩的な混沌》は、電柱から無断で電線を引き、家や屋台の灯りに使用していたというメキシコ人のたくましい暮らしぶりがインスピレーション源となっているのだそう。

家をかたどったランタンを受け取り、空いているソケットを探して挿しこみ灯りをつける。
まさに、無断で電気を拝借する電気泥棒に観客がなるというもの。
でもその灯りが幻想的で美しい景色をつくる…



壁一面にベニヤ板で作られた箱が並ぶ《うち》という作品は、荒木さんが実際に留学中に住んでいた団地から着想を得たもの。
箱それぞれに、それぞれの暮らしがあり、蓋が閉まっている箱は鍵がかかっている。

ファシリテーターから鍵を受け取り、その番号の箱を探して扉を開くと…。


そのほか、立体作品もあればドローイングもあり。

「虹をのむ」「Theater in a book」など思わず引き寄せられる作品の数々。

企画の話が荒木さんに来たのは3年ほど前だったそうですが、コロナでの延期、ニューヨークでの激しいロックダウンの影響などでようやくの開催となったのだそうです。

鑑賞体験を通じて自分の感覚や感情、記憶をキャッチして、日々の暮らしのかけがえのなさ、生きていくことが持つポジティブな力を見つめ直す機会となれば…
という企画を担当された学芸員 熊谷さんの言葉も印象的でした。


荒木さんのインスタレーションを見て、不特定多数の不確定な要素が加わり、一方的ではなく双方向のコミュニケーションが生まれることによって作品が成り立つものが、昔から好きだったなということを再認識しました。

それはつまり
それぞれの個性が社会という集合体を作っている世界の縮図のようなもので、個が加わること、役割をもたらされることで、社会に参加しているという自負が持てること。
私は音楽でそれをしたいんだなということ。
そして、リトミックはそれができる。
だから惹かれたんだということにも気づいたのです。


思わずランタンを灯したくなる
思わず鍵を受け取って扉を開けたくなる

作品の中で個々の心の動きによる表現(行動)が、和の中で活かされ、和を形成していくように、音楽活動の中でそんな仕掛けをたくさん作っていきたい。